Meatful

目が覚めるような自然の中で、ありのままの自分に出会う旅 2022/03/19

「旅先」という非日常の世界がもたらしてくれる、開放感やリフレッシュ。こんな時代だからこそ、たまには都市を離れ、自然の中に身を委ねてみてもいい。函館在住のライターが旅先に選んだのは、自身が幼少期を過ごした町・長万部。アート、雪山、温泉…そして、この土地が育んだ食材たちと出会った旅をつづる。

阿部光平

北海道函館市生まれ。大学卒業を機に、5大陸を巡る世界一周の旅に出発。帰国後、フリーライターとして旅行誌等で執筆活動を始める。現在は雑誌やWeb媒体で、旅行、音楽、企業PRなどさまざまなジャンルの取材・記事作成を行っている。東京で子育てをする中で移住を考えるようになり、仲間と共にローカルメディア『IN&OUT –ハコダテとヒト-』を設立。2021年3月に函館へUターンをした。

幼少期の僕を育ててくれたのは、自然豊かな町だった

昔住んでいた町のことを、ふと思い出す時がある。 大抵の場合、きっかけはとてもささいで、今回でいえば食材の生産地として「長万部(おしゃまんべ)」という地名を聞いたことだった。以前、『函館カール・レイモン』で食べたソーセージに使われていたのが、長万部産の黒豚だったのだ。 渡島半島の付け根に位置する長万部町は、日本海側と太平洋側をつなぐ交通の要所として古くから栄えてきた町だ。カニやホタテなど、海産物のイメージが強いが、内陸部では酪農や畜産も行われている。僕は父の仕事の関係で、5歳から11歳までの時期をこの町で過ごした。

画像提供:一般社団法人 長万部観光協会

その頃の記憶は色濃く残っていて、豊かな自然の中でのびのびと暮らしていた経験が、「子育てをするならやっぱり北海道がいい」という価値観の形成につながっているように思う。 函館に引っ越してからの長万部は、札幌方面へ出掛ける時に通り過ぎるだけの町になってしまった。しかも、海沿いにバイパスができたので、もう何年も中心街を歩いていない。それなのにいつまでたってもよそ事にならないのが、昔住んでいた町というものなんだろう。久々に長万部へ行ってみたくなった。

「楽しい場所」は自分たちの手で作り出す

函館から車を走らせること約1時間半。噴火湾の地形に沿ってゆるやかにうねる道央自動車道をひたすら北上し、長万部に到着した。道路脇の雪が自分の背丈を超えていて、同じ道南でも函館よりずっと積雪が多いことに驚く。
30年前に通っていた小学校の通学路を懐かしく思いながら、駅前の商店街へと向かう。ランドセルを背負って歩いていた頃には長く感じた道のりも、今歩いてみると拍子抜けするほど短い。赤と緑のかまぼこが入ったチャーハンがおいしかった食堂は、建物だけを残して閉店していた。 最初に訪れたのは、SNSで見つけた『みんなのおうち』という場所。元書店だった建物を改装して、喫茶店やギャラリーとして活用しているらしく、どんな場所なのか興味があった。
『みんなのおうち』(2022年1月現在はプレオープン期間)を立ち上げたのは、長万部町地域おこし協力隊の佐藤理華さん。祖父母の家が長万部にあり、幼い頃からこの町になじみのあった彼女は、人口が減り続けていく状況にもどかしさを感じ、自分にできることを模索していたという。 「町を出て行く人が多い原因を考えたときに、『楽しい場所がないからなのでは?』と思ったんです。だから、いろんな人たちが交流できて、新たなチャレンジが生まれる場所を作りたいなって。ここは、1階が喫茶店や作品展示をやりたい人たちに使ってもらうレンタルスペースで、2階は町の外から来た人が宿泊できるゲストハウスにする予定です!」 佐藤さんの思いに共感した人たちによって、『みんなのおうち』では喫茶店やフリーマーケット、ポップアップショップなど、さまざまな企画が実施されている。
函館の大学に通う伊藤碧さんと山鼻涼さんも、佐藤さんと知り合って長万部に通うようになった2人だ。今はこの建物のシャッターに絵を描く『ミツメカク』というプロジェクトを進めている。 「ただシャッターに絵を描くだけでなく、制作を通じて地域とつながるきっかけをつくりたい」と考えた2人は、長万部の町を歩き、いろいろな風景を見て、たくさんの人と話しながらモチーフを検討。ある時耳にした「気づいたらこの町にい続けちゃったんだよね」という町の人の一言をきっかけに『長万部と人』というテーマで絵の制作に取り組んでいるという。

『ミツメカク』というプロジェクト名には、町のことを「見つめ、描く」という意味が込められている

この取り組みについて佐藤さんは「絵があるのは商店街のド真ん中。誰もが買い物に出掛けた時に目にする場所です。『どんな意味があるんだろう?』と考えさせられる絵なので、通りがかる人の間で自然とコミュニケーションが生まれていますね。バイパスではなく、この道を行き交う人が増えるといいなと思っています!」と話してくれた。 人口減少や空き家問題は、今や多くの地域が抱えている課題だ。それをただ嘆くのではなく、新たな楽しみを作る機会に変えていこうとする人たちがいるのは、町にとって大きなエネルギーになるだろう。オススメのご飯屋さんもたくさん教えてもらったので、、絵が完成した頃にまた遊びに来たいと思う。

音のない世界が呼び起こしてくれた、野生の感覚

長万部には『二股らぢうむ温泉』という有名な温泉がある。血液や細胞を活発にして新陳代謝を促進させるといわれるラジウム成分(ラドン)を含む泉質で、日本有数の湯治場として知られている温泉だ。僕も幼い頃、親に何度か連れて行ってもらった記憶がある。 当時は、いつも「退屈だから早く上がりたい」という気持ちでいた。それがいつの間にか「ずっと入っていたい」と思うようになり、今では一緒に連れて行った子どもに「せっかくだからゆっくり入ろうよ」とお願いするまでになった。親の気持ちは、親になってみないと分からないんだなと日々実感している。 温泉の素晴らしさが分かるようになった今、せっかく長万部まで来たのに寄らない手はない。山奥にある名湯を目指して車を走らせることにした。
山間部に入っていくにつれ、辺りは一面の銀世界へと変わっていく。雪をまとった樹木が延々と続いている景色は、まるで人間社会から切り離された異世界のようだ。「自然の中にお邪魔している」という気持ちが徐々に強くなっていった。 写真を撮ろうと思い、道の脇でいったん車を止める。ドアを開けて外に出た瞬間、僕は驚いた。そこは、まったく音のない世界だったのだ。人の声や町のざわめきはもちろん、風の音さえ聞こえない。ただゆっくりと雪が舞っていて、見渡す限り“真っ白な静寂”で埋め尽くされていた。
僕は、そこで初めて自分の生きている世界がいかに騒がしかったのかを知る。音のない世界に身を置いていると神経が研ぎ澄まされ、都市生活では眠っている野生が呼び起こされるような感覚があった。

右/道の途中でキタキツネに遭遇。しばらく目が合った後、静かに雪の中へと消えていった

非日常の癒やしが体中に染み渡る

ようやく辿り着いた『二股らぢうむ温泉』は、昔の記憶よりもずっときれいだった。調べてみると、2001年に建物が新しくなったらしい。 スタッフの方いわく、今でも湯治目的で来訪するお客さんが多いそうだ。「ここの温泉に入って病気や怪我がよくなった」と、東京や大阪から定期的に来る常連客もおり、1カ月以上の長期滞在は珍しくないという。

露天風呂から見ることができる石灰華ドーム。温泉に含まれる炭酸カルシウムが堆積したもので、この規模の石灰華ドームが見られるのは、世界でもアメリカの『イエローストーン国立公園』とここ『二股らぢうむ温泉』の2カ所だけだという/画像提供:一般社団法人 長万部観光協会

大浴場に入ってみると、温度や深さが異なる内風呂、露天風呂の他に、ウォーキング用のプールもあった。壁には、温泉の効能を損なわないためにシャンプーやせっけんの使用を禁止するという注意書きが貼られていて、ここが単なる温泉施設ではなく、湯治場であることを改めて実感した。
眼下に雪原を望む露天風呂にゆったりと浸かり、冷たい冬の空気を思い切り吸い込む。肺が新鮮な冷気で満たされ、雪深い山の中にいるという非日常感がじわじわと体全体に染み渡っていった。肌触りのいいお湯に浸かっていると、次第に自分の境界線が曖昧になり、体が溶けていくような心地だった。 きっと夜になれば、町の喧騒や光が届かないこの場所は、静かで真っ暗闇な世界になるだろう。静寂と暗闇。町場の暮らしではすっかり縁遠くなってしまった自然に身を委ねる時間は、体だけでなく心も癒してくれるに違いない。

土地が育んだ食材で創る“モダンローカルフード”

今回長万部に来るきっかけになったのは、この町の農場で育てられている純粋黒豚の存在だった。残念ながら現地で肉を買える場所はないそうだが、とてもおいしかったので『Meatful』のWebサイトで肩ロースとヒレ肉を購入。ソーセージのような加工品もいいけど、肉そのものを食べてみたいと思ったのだ。
この黒豚を知った時に思い浮かんだのが、同じく道南の北斗市で『Pokke dish』というお店をやっているシェフの齊藤亘胤さんだった。齊藤さんは東京のさまざまな飲食店での料理修行を経て、三軒茶屋でカフェを経営。3年前に地元の北斗市にUターンしてからは、いろいろな国の料理技術と地産の食材をミックスした“モダンローカルフード”という独創的な料理で人気を博している。 きっと齊藤さんなら道南産の純粋黒豚に興味を持ってくれるだろうし、おいしい料理を作ってくれるに違いない。そう思って連絡してみると、快く調理を引き受けてくれた。 齊藤さんが最初に作ってくれたのは、肩ロースを使った『パクチーポークサラダ』。北斗市にある『白石農園』のチコリや葉野菜の上に、たっぷりのエスニックソースで茹で焼きにした肩ロースとパクチーがドサッと盛られている。

「肩ロースって筋張ってて固いものが多いんですけど、このお肉は柔らかかったので、サッと火を通して食べるのがいいかなと思って。旨味の強い豚肉の出汁がエスニックソースににじみ出てくるので、それをドレッシングにして豚肉ごと上からかけるようなイメージですね」(齊藤さん)

肉と野菜をフォークでざっくり刺して、一口でムシャっと頬張る。肉厚な野菜の歯ごたえに、カリカリとしたピーナッツの食感が挟まり、口の中でにぎやかに混ざっていく。柔らかくプリッとした肉が引き連れてきたエスニックなソースが全体を包み込んだかと思ったら、最後は酸味とほのかな苦味のあるライムの香りが鼻から抜けていった。 齊藤さんの料理は、一つのお皿の中にたくさんの要素が詰まっていて、食べることの楽しさを思い出させてくれる。味の構造が複雑で頭では理解できていないけど、体は素直に喜んでいるような感覚。一口ごとに発見があって、とてもおいしかった。
続いてはヒレ肉を料理してもらう。「繊維質が細かくて、しっとりした肉質だったので、それを楽しむために厚くカットしました」と話す齊藤さんが作ってくれたのは、『豚のポワレ 和風スキャリオンソース』という一品だった。

「シンプルにお肉のおいしさを出すために焼こうと思ったんですけど、それだけだと食感に面白みがないので、表面に粉をつけて少しカリッとさせました。“スキャリオンソース”には、北斗市の『ヒバカリファーム』で作られている長ネギを使ってます。強烈な酸味がアクセントになる未成熟の青トマトも、地元の『岡村農園』で収穫してきたものです」(齊藤さん)

カリッとした肉の表面にナイフを入れると、しっとりとした断面が現れた。ネギのソースをたっぷりのせて口に運ぶ。厚めにカットされた肉は柔らかく、さっぱりしたネギとの相性が抜群だ。火を通しても肉本来のきめ細かさは失われず、優しくまろやかな味わいだった。 齊藤さんのように、技術、知識、独創性を併せ持つシェフがいるのは、地域にとっても大きな強みだと思う。ローカルの新鮮な食材と、確かな経験に裏付けられた調理の組み合わせによって生み出される価値の大きさは計り知れない。
地元の食材を、地元で食べる。それはきっと、どこの地域でも当たり前に行われてきたことなのだろう。今は時代が変わってしまったのかもしれないが、その価値を見極め、最大化しようとしている齊藤さんの料理はおいしくて、楽しくて、気持ちよかった。
昔住んでいた長万部から、北斗に寄って函館へ。きっかけは純粋黒豚だったけど、懐かしさを巡る旅になるような気がしていた。しかし、実際にはノスタルジーに浸るよりも新しい発見のほうが遥かに多く、道南の明るい未来を予感させる旅になった。 海があって、山があって、温泉もある。生産者がいて、シェフがいて、学生もいる。そうやって地域の要素を分解し、再構築していくことが、新しい価値を生み出すことにつながっていくのではないだろうか。 「自分はこの道南で何ができるんだろう?」。そんなことを考えながら、フロントガラスの先に見えてきた函館の未来に思いをはせた。

「純粋黒豚」だからこそ楽しめる、お肉本来の旨味

今回取り寄せた豚肉は、長万部にある『有限株式会社 純粋黒豚種豚農場』で作られた「純粋黒豚」と呼ばれるもの。掛け合わせを行っていない純粋種の黒豚は、黒豚本来の旨味が味わえるので、しゃぶしゃぶやソテーなどシンプルな料理にもオススメです。 また、こちらの農場では「おいしさ」だけでなく「安全面」も徹底。三元豚などの交雑種に比べ、病気への抵抗力などの面で飼育が難しい純粋黒豚だからこそ、SPF豚認定の基準を上回る防疫環境を備えた施設で、健康な黒豚を育てています。

<関連商品>

純粋黒豚の肩ロースとヒレのセット。肩ロースはステーキカットと薄切り(約2人前)、ヒレは約15mmの厚切りです。お好みの調理で純粋黒豚の味わいをお楽しみください。

純粋黒豚の肩ロースのステーキカットと薄切り2パックのセット(約2人前)。ステーキ、生姜焼き、炒め物などお好みの調理で召し上がりください。

<今回訪れたスポット>

みんなのおうち 住所:北海道山越郡長万部町長万部108-5

二股らぢうむ温泉 住所:北海道山越郡長万部町字大峯32番地 TEL:0137-72-4383 http://www.futamata-onsen.com/

Pokke dish 住所:北海道北斗市追分1-1-31 https://www.instagram.com/pokkedish/

—————————————————————–
           取材・文:阿部光平 撮影:阿部光平、あらいあん