このところ、人と他愛ない話をする機会がずいぶん減った。今まで、街中やお店での何気ない会話から、どれだけ多くの刺激をもらっていたかに気付かされる。だから今回の旅は、「人との交流」そのものを目的にしてみたい。ライターが向かった先は、ワインにチーズ、パンなど豊かな食文化が根付く北海道・七飯町。そこでは、食を通じて自分たちの暮らしを作り出す人々との出会いが待っていた。
阿部光平
北海道函館市生まれ。大学卒業を機に、5大陸を巡る世界一周の旅に出発。帰国後、フリーライターとして旅行誌等で執筆活動を始める。現在は雑誌やWeb媒体で、旅行、音楽、企業PRなどさまざまなジャンルの取材・記事作成を行っている。東京で子育てをする中で移住を考えるようになり、仲間と共にローカルメディア『IN&OUT –ハコダテとヒト-』を設立。2021年3月に函館へUターンをした。
「西洋農業発祥の地」で食品集めの旅
画像提供:株式会社はこだてわいん
出身が北海道だという話をすると、決まって「いいねー、食べ物がおいしくて!」と言われる。「北海道といえばおいしい食べ物」というのは割と一般的なイメージなのだと、地元を離れてから初めて知った。
だけど、どうして北海道は食が豊かな土地になったのだろう。歴史をひもといていくうちに、そのきっかけの一つが道南の七飯町(ななえちょう)にあることがわかった。
1870年、渡島国亀田郡七重村(現在の七飯町)には日本で最初の官園が設置された。官園とは、開拓使が立ち上げた農業に関する試験機関のこと。『七重官園』では欧米から家畜や作物、農業機械などが導入され、北海道に適した西洋式農業の方法が研究されることになった。
当時の記録によると、『七重官園』ではさまざまな野菜や果樹類を試験栽培し、牧畜も行われていたという。さらに、さらに、ブドウ栽培から携わるワイン醸造、麦酒、練乳やバターの製造といった加工品の試験も積極的に実施。。こうして積み重ねられた知見と技術によって、北海道の農地開拓は徐々に広がっていった。
このことから七飯町は“西洋農業発祥の地”と呼ばれている。
画像提供:株式会社はこだてわいん
『七重官園』の設立から150年以上たった今も、七飯町ではたくさんの農作物や加工品が生産されている。まさに“おいしい北海道”を実感できるエリアだ。
今回は、そんな七飯産の食品やワインを集める旅に出掛けてみようと思う。
土地と向き合うことで生まれた、ここにしかないチーズ
最初に訪れたのは、七飯の山間部でヤギのチーズを作っている『山田農場 チーズ工房』。驚くべきことに、ここは山田圭介さん・あゆみさんのご夫婦が土地の開墾からスタートし、自宅や工房を建設、ヤギを飼ってチーズを作るところまでを自分たちの手でやってきたというのだ。
左/愛知県出身の山田圭介さんと東京都出身のあゆみさん。二人は北海道新得町の『共働学舎新得農場』で出会い、共に2005年に七飯町へ移住してきた。開墾や家造り、ヤギの飼育をへて、2008年からチーズの販売を始めたという
「僕らがここに来た時は一面が笹藪だったので、まずは牛とヤギを放して葉っぱを食べてもらいました。傾斜が多くて人が管理しにくい土地なんですけど、だからこそ放牧には向いてるんですよね。人が利用できないものを、動物の力を借りて食べられるものに変えるというのが酪農の本質なので」(圭介さん)
そもそも、チーズ工房を作る場所として七飯を選んだ決め手は、“植生の豊かさ”だったという。その理由について、圭介さんは「ヤギが食べたものがミルクになり、それでチーズを作っているということは、われわれはヤギが食べたものを間接的に食べているわけじゃないですか。だったら、ヤギたちを多様な植生のある環境で過ごさせることで味や香りが豊かになるだろうし、そのほうが表現として面白いチーズができると思ったんですよ」と話してくれた。
「普通のチーズは、ミルクを殺菌して、そこに乳酸菌を入れて作ります。だけど、私たちはこの土地の乳酸菌や酵母を生かすため、ミルクの殺菌をせず、さらに熟成庫の温度管理もほぼせず、自然のままの状態でチーズを作っています。だから、その日によって味や見た目が違うんですよ。ヤギの体調や食べた物、気候が反映されるので」(あゆみさん)
こうしたチーズ作りでは、人間がコントロールできる要素はほとんどない。山田さんご夫婦も、最初の頃は「自分たちで何とかしよう」と試行錯誤していたが、続けていくうちにそれは間違いだったことに気付いたという。
「まずは起きていることを理解するという姿勢が大事だと気付いたんです。うまくいかないこともあるんですけど、それは私たちのやり方が悪かったのではなく、『この条件だとこんなチーズになるんだな』と受け入れるようになりました」(あゆみさん)
熟成タイプのチーズ。日本では、ヤギの生乳(殺菌していないミルク)と自生乳酸菌でチーズを作っている事例はほとんどないという
何か問題にぶつかったとき、僕たちは正解を導くための方程式を探そうとする。しかし、人間の解釈が自然の摂理にも当てはまるとは限らない。自然とはきっとそういうもので、人間が完全に理解し、コントロールできるという考え自体がおこがましいのだろう。
この土地でチーズ作りと向き合ってきた山田さんご夫婦のお話は、人と自然との距離を改めて考えさせられる機会になった。
地域の中で「循環し続ける」ということ
七飯駅方面に戻り、お昼を食べることにする。やって来たのは、地元食材をふんだんに使った料理が人気の『465cafe』。地元のみならず、町外からのお客さんも絶えないお店だ。
オーナーの釣谷周平さんと、釣谷ひろみさん。店名の「465」とは、地球の自転速度である秒速465メートルに由来する数字。カフェから地球環境や循環型の暮らしを考えていくという意味が込められている
靴を脱いで店内に入ると、優しい雰囲気のご夫婦が迎えてくれた。お二人とも以前は札幌で医療関係の仕事をしていたが、カフェを始めたくて七飯町に移住して来たという。
「もともと健康に興味があったんですけど、医療とは違う視点でできることはないかなと思っていたんです。自分たちだけでなく、周りの人も含めて、もっと生き生き暮らすためには何ができるかなって。そう考えたとき、カフェなら料理で内側から健康になってもらえるし、訪れる人が癒される空間が作れると思ったんです」(周平さん)
ランチメニューは季節によって変わる。この日は自家製醤油麹の唐揚げをメインに、七飯町のリンゴを使ったサラダや、無農薬のごはんなどをいただいた
飲食業の経験がなかったお二人は独学で料理を勉強しながら、3年前に七飯町へ移住。自宅兼店舗の一軒家を建て、最初は週1回からお店をスタートさせた。
日々の仕事についてひろみさんは「お客さんが窓の外をぼんやり眺めながらリラックスして過ごしている姿を見てると、『あー、やっててよかったな』って思うんです。私たちは空気のように、ただそこにいるだけで、お客さんは自分の世界と向き合っているっていう。そういう瞬間が少しずつ増えてきたのがうれしいですね」と笑顔で話してくれた。
左/画像提供:465cafe
店内には地元の作家さんの器やせっけん、衣料品などが並べられ、販売もされていた。こういうところにも、地域内での“循環”というお店のコンセプトが感じられる。
移住してきた当初は誰も知り合いがいない状況だったが、自分たちでいろんな場所に出掛けながら、地元のつながりを増やしていったそうだ。午前中にお邪魔した『山田農場 チーズ工房』のご夫婦とも親交があり、チーズを買いに行ったりしているという。
顔が見える距離感で、いろんな人たちがそれぞれの生業(なりわい)を作りながらつながっているという環境が、とてもうらやましく感じた。
自宅でパンを焼き、リビングで販売する小さなお店
『465cafe』から車で10分ほどの距離にある『pannoma-ぱんのま』も、地域に根ざしたお店の一つだ。
結婚を機に七飯町へ移住してきた店主の伊藤真美さん・プロダクトマネージャーの良成さんご夫婦は、「自分たちで小さな商売をしてみたい」との思いから、自宅の2階をパン工房に改装。趣味で天然酵母パンを作っていた真美さんと、昆布漁師の家に生まれ出汁ソムリエの資格を持っていた良成さんの特技を生かして、天然真昆布の出汁を使ったパンを作るようになった。
『pannoma-ぱんのま』のパンは『465cafe』のランチで出されていたこともあるそう。お店同士のつながりも深い
最初はイベントなどでの出店がメインだったが、今は自宅の一部を店舗に改装し、販売も行っている。
「お店はやってみたかったんですけど、テナントを借りてやるというのは難しそうだなと思って。それなら自宅を改装する方がいいと思ったんですよね。大工さんにアドバイスをいただきながら、素人なりに自分たちで工房と店舗スペースを作りました。2階でパンを焼いて、1階のリビングで販売するという少し変わったスタイルですが、自分たちはとても気に入ってます」
画像提供:pannoma-ぱんのま
七飯町での暮らしについて、「とても居心地がいいし、規模もちょうどいいんですよね。都市部だったら、僕らみたいなお店も埋もれてしまうと思うので。この町でお店をやれているのは幸せです」と語ってくれた伊藤さんご夫婦。これからもマイペースに店を改装したり、新しいパンを作っていくつもりだという。
ワインがつなぐ「人と人」「街と街」の縁
ここまでの道のりで、七飯町で作られたチーズとパンを手に入れた。あとは地元産のワインを残すのみだ。
最後に訪れたのは、七飯町に工場と店舗を構える『はこだてわいん』。1973年に設立された『駒ケ岳酒造』を前身とするワイナリーで、約半世紀の間、「ワインのある暮らし。」をコンセプトに日本人の味覚に合うワイン造りに取り組んでいる。
「函館は幕末開港と同時に開かれた街です。海外から西洋の食文化が入ってきて、そこにワインは欠かせない存在でした。七飯町では、今から約150年前にブドウが栽培され、ワインも造られていたことが記録に残っています。私たちはそうした先人達の歴史に負けないようにと、ワイン造りに励んでいます」と語ってくれたのは、『はこだてわいん』営業部 係長の濱本順一さん。
「道南らしさを感じられるワインが飲みたいです」という僕のリクエストに対して、濱本さんがオススメしてくれたのは『青函トンネル熟成年輪』という一本。国内外でも稀にみる、青函トンネル直下のワイン蔵置場(深度 海面下-283Mライン)で約1年間貯蔵熟成した限定ワインだという。
このワインにまつわる裏話を聞いた。今から12年前にさかのぼる東北新幹線「新青森駅開業」の前年、函館が青函トンネル「吉岡海底駅」で寝かせたワインを開業祝いとして青森に贈ったそうだ。そのワインがとてもおいしかったということで商品化が実現。青森と北海道をつなぐワインとして毎年春に販売されているのだという。
「ワインは人と人、街と街をつなぐお酒にもなるんですよ。それを感じながら飲んでもらえたら、私たちとしてもとてもうれしいです」
その言葉を聞いて、今日1日のいろんな人や食べ物たちとの出会いが、1本の線でつながったような感覚があった。
「自分の暮らしは、自分の手で作れる」
帰宅後、今日買ってきた食材をテーブルに並べる。『pannoma-ぱんのま』のパンをカットし、そこに『山田農場 チーズ工房』のチーズ、あらかじめ用意してあった『カール・レイモン』のハムを挟み、『はこだてわいん』の赤ワインを開けた。テーブルの上に広げられた光景に、じわじわと充実感が込み上げてくる。
早速、サンドイッチにかぶりつく。もちっとしたパンの弾力に続いて、小麦の香ばしさがふわっと香った。クリーミーな食感のチーズはしっかりとした酸味があり、ハムの塩味と素晴らしくマッチする。それぞれの食材が個性を持ったまま混ざり合っていく、とてもぜいたくでパワフルなサンドイッチになった。
深い海底トンネルの中で熟成されたワインは、あまりに口当たりが滑らかで驚く。角がなく、マイルドな味わいだが、引き締まった酸味と渋味も感じられる。ゆっくり飲み込むと口いっぱいにブドウの香りが広がり、後味の余韻が長く続いていった。一口ごとに今日の思い出が重なっていく食事は、とても幸せな時間だった。
今日お会いした方々は、人の都合や価値観にとらわれることなく、自分が好きな場所に住み、自分の好きな仕事をしていた。それは誰もが一度は思い描いたことがあるものの、なかなか踏み切れずにいる暮らし方ではないだろうか。それができないのは、きっと世の中や時代のせいではない。自分の心構え次第なのだろう。
“自分の暮らしは、自分の手で作れる”。そのことを実感できたのは、この旅で一番の収穫だったように思う。
<関連商品>
ソーセージ、ロースハム×はこだてわいん
純粋黒豚を使用したソーセージ、ロースハムと青函トンネル熟成ワイン(赤)のセット。ジューシーなソーセージと布巻きのロースハムに香り高いワインの組合せです。
シャルキュトリー×はこだてわいん
純粋黒豚を使用したソーセージやベーコン、ロオルハムと青函トンネル蔵置所で熟成させたワイン(赤)のセット。それぞれ特徴あるシャルキュトリーの味わいをワインとともにお楽しみください。
サラミ×はこだてわいん
純粋黒豚を使用したサラミと青函トンネル蔵置所で熟成させたワイン(赤)のセット。時間をかけて作り上げるサラミとワインの深い味わいをお楽しみください。
<今回訪れたスポット>
はこだてわいん 葡萄館本店
住所:北海道亀田郡七飯町字上藤城11
TEL:0138-65-8170
https://www.hakodatewine.co.jp/budoukan/
山田農場 チーズ工房
住所:北海道亀田郡七飯町上軍川900-1
TEL:0138-67-2133
http://yamadanoujou.blog.fc2.com/
465cafe
住所:北海道亀田郡七飯町本町8-17-20
https://465cafe.com/
pannoma-ぱんのま
住所:北海道亀田郡七飯町緑町2-209−3
https://pannoma.com/
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取材・文:阿部光平
撮影:伊藤妹