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計画を立てない楽しみ方、気ままに歩くスロウな旅 2022/03/19

旅って、もっと自由なものだったはずだ。最近の旅行といえば、行く前から行き先を全部決めて、時間や移動手段に縛られて、ぼんやりと景色を眺めたり寄り道を楽しんだりする余裕もない。ここは一度、気の向くままに旅してみよう。決めるのは、その土地で絶対に味わうもの一つだけ。さまざまな町を歩いてきたライターが、偶然の出会いを楽しみながらたった一杯のビールを目指す旅に出た。

阿部光平

北海道函館市生まれ。大学卒業を機に、5大陸を巡る世界一周の旅に出発。帰国後、フリーライターとして旅行誌等で執筆活動を始める。現在は雑誌やWeb媒体で、旅行、音楽、企業PRなどさまざまなジャンルの取材・記事作成を行っている。東京で子育てをする中で移住を考えるようになり、仲間と共にローカルメディア『IN&OUT –ハコダテとヒト-』を設立。2021年3月に函館へUターンをした。

クラフトビールで味わう土地の個性

ライターという職業柄、取材でいろいろな町へ行く。もともと旅が好きだった自分にとって、とても幸せな仕事だ。 知らない土地での楽しみといえば、やはり食事だろう。世界中どこへ行っても、その土地で愛されている名物や郷土料理があり、現地でそれを食べることは旅の目的にもなり得る。食事は最も深く土地と結びついた文化ではないだろうか。 最近でいえば、クラフトビールも知らない土地へ行く楽しみの一つになった。今、全国で個性豊かなブルワリーが増えている。造り手の話を聞きながら飲むビールは格別で、その土地の印象の一部にもなる。 ここ道南でも新しいブルワリーが誕生し、クラフトビールを取り巻く環境が変化している。そういう新しい流れがある一方で、忘れてはいけないのが老舗『大沼ビール』の存在だ。コンビニや空港で売られているのでもちろん飲んだことはあるが、ブルワリーへ行ったことはない。いつかは行ってみたい場所の一つだ。 ……大沼なら函館から電車1本で行けるし、所要時間も40分ほど。それでいてアウトドアも楽しめる大自然に囲まれており、日帰りで旅するにはもってこいの場所である。あまり予定を詰め込まず、ふらっと遊びに行ってみることにした。

日常からしばし距離を置く日帰り旅へ

朝の函館駅には独特の騒がしさがある。学校や会社に向かう人たちの日常と、観光に来た旅行者たちの非日常が混ざり合っているせいだろう。昼間になると失われてしまう不思議な雰囲気だ。
改札で大沼公園駅までの切符を買い、通勤・通学客が降りたばかりの電車に乗り込む。ボックス席に腰を下ろし、窓際の台にペットボトルを置くと、気分はすっかり旅人だった。
電車が函館から離れていくにつれ、気持ちも日常から遠ざかっていく。景色をぼんやりと眺めるなんていつぶりだろうか。窓の外をゆっくりと流れる雪景色を見ながら、「せっかく北海道にいるのにあくせく暮らすのはもったいないな」と思った。

好きな町で、自分の店を持つという生き方

大沼公園駅に着いた時にはすっかり心がほぐれていて、旅を楽しむ準備は万端だ。 まずは、駅前にあるアパレル雑貨のセレクトショップ『森商店(woods)』へ。以前、友達に連れて来てもらい、品揃えが自分好みだったので大好きになったお店だ。
元は酒屋だった建物を改装して作られた店内には、アウトドア用品やワークウェアを中心に、機能性と遊び心を兼ね備えたアイテムがずらり。オーナーの松井宏樹さんが厳選した洋服や雑貨は、眺めているだけで楽しくなる。

オーナーの松井さんは、デニムの聖地である岡山県・児島でアパレル関係の仕事をしていたそうだ

「アパレルメーカーで働いていた時に、『なんでこんなところに、こんなにかっこいいお店があるの?』と驚くような地方のお店にたくさん出会ったんですよ。町からずいぶん離れてアクセスが悪くても、お客さんでいっぱいだったりしてね。いつか自分も、そういうお店をやってみたいと思っていたんです」

「ONUMA PARK」というロゴが入ったお店のオリジナルトートバックを購入。岡山県の『児島帆布』の生地を使い、職人さんが一つひとつ手作りしているという

奥さんの地元である大沼のロケーションに惹かれ、松井さんが移住してきたのが3年前のこと。ここでの暮らしについて聞いてみると、「自然との距離が近いし、自分の暮らしにこだわりを持っている面白い人も多くて楽しいですね。住み始めて3年になりますけど、大沼でやりたいことがまだまだいっぱいあるんですよ!」と笑顔で話してくれた。 「やりたいことがいっぱいある」。その一言には、大沼で暮らす楽しさが溢れんばかりに詰まっているような気がした。

寒さを忘れるほど楽しいワカサギ釣り

松井さんの話によると、この時期の大沼にはハクチョウが飛来し、湖で羽を休ませている姿が見られるという。大沼公園駅から歩いて15分ほどの距離にある『白鳥台セバット』という場所に集まっているらしいので、早速行ってみることにした。 『大沼国定公園』には、大沼、小沼、蓴菜(じゅんさい)沼という3つの湖沼があり、『白鳥台セバット』は公園の一角、大沼と小沼の間に位置している。冬は湖面のほとんどが凍結するが、この付近だけは水の流れがあって凍らないため、渡り鳥たちの休息場所となっているそうだ。
実際に行ってみると、そこには50羽近いハクチョウやカモが集まっていた。想像していたよりもずっと数が多く、ずっと距離が近い。 そばにあった解説ボードを読んで、灰色の鳥はハクチョウの幼鳥だということを知る。大人になると、羽毛が白く変わるそうだ。そういえば、アンデルセン童話の『みにくいアヒルの子』に出てくる黒いひなも、実はハクチョウの子どもだった。こうやって思わぬところで知識がつながっていくのも旅らしい体験だ。

結氷した湖面の先に見える駒ヶ岳

そういえば、冬の大沼に来たらやってみたいことがあった。氷上のワカサギ釣りだ。 調べてみると、公園内に『釣り堀太公園』という釣り場を発見。竿や餌、長靴を貸してくれるので、手ぶらで行っても釣りができるようだ。しかも、自分で釣ったワカサギは、その場で唐揚げにしてくれるらしい。それは、まさに僕が思い描いていた通りのワカサギ釣りだった。
大学生の頃、一度だけワカサギ釣りに行ったことがある。しかし、寒さに震えながら1時間ほど挑戦するも、1匹も釣れずに終わった苦い思い出だ。 そんな話をスタッフの方にすると、「だったら、うちに来てよかったね! ここでワカサギ釣りをしたら、他の釣り堀には行けなくなるよ。『大沼ではあんなに簡単に釣れたのに』って思うから」とニッコリ笑った。いや応なしに期待が高まる。 氷に穴を開けてもらい、餌の付け方も丁寧に教えてもらって、湖の底に錘(おもり)が着くようにゆっくり糸を垂らす。 じっと糸の動きを見ること約10秒。かすかに引きがあった気がしたので、試しに竿を上げてみる。特にこれといった重みもなく、自分の感覚を信じきれないまま糸を引き上げていくと……
なんと2匹もワカサギが釣れているではないか! 本当にあっという間の出来事だった。こんなにあっさり釣れるとは思っていなかったので、ただただビックリする。 その後も快調に釣れ続けて、どんどんと楽しくなってきた。面白くて、寒さを感じる暇もない。 スタッフの方が言っていた通り、本当に簡単に釣れたので、今度は子どもたちも連れて来たいなと思った。誰が一番たくさん釣れるか、家族みんなで真剣勝負をする姿が目に浮かぶ。
釣れたワカサギは、湖のすぐ横にあるビニールハウスで唐揚げにしてもらった。早速つまんでみると、カラッとした衣の中からジューシーな旨味が溢れ出てきて、噛むたびに味わいが増していく。これは箸が止まらなくなるおいしさだ。テーブルにある調味料で味を変えてみるのも楽しくて、あっという間に1匹残らず平らげてしまった。 程よい疲れと釣りの達成感、そして揚げ物で触発された喉の渇き。その全てが、ビールに向かう最高の助走になっていた。

待ちに待ったビールの、全身がブルッと震えるうまさ

出発前から楽しみにしていたビールはもうすぐそこだ! やってきたのは大沼公園駅からすぐのところにあるビール工房『ブロイハウス大沼』。『大沼ビール』を造っているブルワリーで、併設されたレストランでは出来たてのビールが飲めるようになっている。

お店の入口側から順に、水を沸かす『煮沸タンク』、麦芽を加えて糖化させる『仕込みタンク』、糖化液をろ過して麦汁にする『濾過タンク』、ホップが加えられる2つ目の『煮沸タンク』、凝固したタンパク質を取り除く『ワールピールタンク』が並ぶ 右下/画像提供:ブロイハウス大沼

店内に入って、最初に目に飛び込んできたのは整然と並ぶ巨大なタンクたち。カウンター席に座りながら、ビール造りの工程を目の当たりにできる。さらに奥には発酵、熟成のタンクがあり、瓶・缶に詰める作業もここで行われているようだ。原料がビールとなって容器に詰められるまでの全工程が、この場で完結している。
『ブロイハウス大沼』の醸造長である蜂矢寛さんは、『大沼ビール』最大の特徴は仕込みに使用している水にあると言う。 「初代社長が、『ブロイハウス大沼』を立ち上げる前に水を扱う会社を営んでいたんです。そんな背景もあって、大沼ビールは横津山麓に湧くアルカリイオン水を使うなど、水にとてもこだわっています。大沼ビールの雑味を抑えた爽やかな風味は、多くの方に好評なんですよ」
現在、『ブロイハウス大沼』で販売されている『大沼ビール』はケルシュ、アルト、インディア・ペールエール(IPA)、スタウトの4種類。季節ごとに期間限定ビールが販売されることもあるそうだ。せっかくなので、一番人気の飲み比べセットを注文した。
キリッと冷えた黄金色のケルシュが、心地のよい刺激を伴って喉を潤していく。待ちに待った1杯に、全身がブルッと震えた。キレのある飲み口で、たまらなくおいしい。 麦芽の風味が強く飲み応えのあるアルト、ホップの苦味とフルーティーな香りが印象的なインディア・ペールエール(IPA)、泡まで香ばしく深い味わいのスタウトと、どれもキャラクターが違っていて、多種多様なビールの世界を堪能できる。実際に目の前で造られたものを飲んでいるというシチュエーションも、ビールをよりおいしく感じさせた。
クラフトビールメーカーは横のつながりが強いらしく、蜂矢さんも去年から道南にある他のブルワリーと合同で勉強会をしているそうだ。 「道南に来た人にとって、そこで初めて飲んだクラフトビールがおいしくないと町の印象も微妙なものになってしまいますよね。それって将来的に自分たちのお客さんを失うことにもなると思うんです。そう考えると、われわれはライバルではあるんですけど、同じ“道南のブルワリー”として協力し合って、どのメーカーのクラフトビールもおいしいと思ってもらえる地域になったほうがいいじゃないですか。地域全体でクラフトビール文化を盛り上げていけたらいいなと思っています」 ブルワリー同士が協力してスキルアップを目指す。それはライバルを蹴落として自分だけが勝ち上がろうとする考え方ではなく、道南全体でクラフトビール文化を“醸造”させていこうという決意に満ちた言葉に聞こえた。 そうやって道南がもっともっとおいしいビールを飲める地域になっていけば、函館に暮らす地元民としてこんなにうれしく、誇らしいことはない。

その土地ならではの体験が、町の印象を形成していく

旅の醍醐味は、その土地にしかないものを体験することだと思う。そういう意味では食事だけでなく、個性的なお店や美しい景色、珍しいアクティビティなど、旅の目的になるものはまだまだたくさんある。もちろん、クラフトビールだってそのうちの一つだ。 大沼には、この土地ならではの体験がたくさんあった。ワカサギ釣りができることも、『大沼ビール』が有名なことも、前から知ってはいたが実際にこの身で体験したことで、一気に手触りのある知識になった。 きっと、そういう体験の積み重ねが、その人にとっての町の印象を形成していくんだろう。今回の旅で大沼が好きになったのは、行く先々での体験がどれも楽しかったからに他ならない。体験を通じて、一歩踏み込んだ町の姿を知ることができた旅だった。

<関連商品>

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<今回訪れたスポット>

ブロイハウス大沼 住所:亀田郡七飯町大沼町208 TEL:0120-162-142 https://onumabeer.com/ 森商店(woods) 住所:亀田郡七飯町字大沼町206 TEL:0138-67-2067 https://www.instagram.com/morishoten_onumakouen/ 大沼国定公園 住所:亀田郡七飯町大沼町 TEL:0138-67-3020(一般社団法人七飯大沼国際観光コンベンション協会) http://onumakouen.com/ 白鳥台セバット TEL:0138-67-2170(大沼国際交流プラザ 観光案内所) 釣り堀太公園 TEL:090-2810-7347(管理人・川村) ————————————————————– 取材・文:阿部光平 撮影:伊藤妹