Meatful

ひとところに腰を据えて、町の歴史や文化を味わう旅 2022/03/19

長いステイホーム生活で改めて気づいた、腰を据えて一つのものごとと向き合う喜び。それは「旅」にも当てはまるかもしれない。特にその地の歴史や文化を知り、そこでしか食べられないものをじっくりと味わうひととき。きっと旅の醍醐味はそこにある。函館出身のライターが、地元のシャルキュトリー文化とひとりのマイスターの生涯を辿る旅に出た。

阿部光平

北海道函館市生まれ。大学卒業を機に、5大陸を巡る世界一周の旅に出発。帰国後、フリーライターとして旅行誌等で執筆活動を始める。現在は雑誌やWeb媒体で、旅行、音楽、企業PRなどさまざまなジャンルの取材・記事作成を行っている。東京で子育てをする中で移住を考えるようになり、仲間と共にローカルメディア『IN&OUT –ハコダテとヒト-』を設立。2021年3月に函館へUターンをした。

慣れ親しんだ街の歴史に触れる旅へ

函館にUターンしてから、もうすぐ1年が経つ。 10代の頃は都会への憧れが強く、地元に物足りなさを感じていたが、戻ってきてからは随分と印象が変わった。足元に目を向けると、街に隣接した豊かな自然、時代に翻弄されながらも途切れず紡がれてきた歴史、確固たる意思を持って暮らす人や個性的なお店など、この街にしかない魅力がたくさんあることに気づいたからだ。

『レイモンさん 函館ソーセージマイスター/植松 三十里』(集英社文庫)

函館の歴史や文化を調べているうちに、1冊の本と出会った。『レイモンさん 函館ソーセージマイスター』という小説だ。 函館では誰もが知っている『カール・レイモン』。ソーセージやハムを作る食肉加工ブランドで、僕にとっては、「お歳暮などでもらうことがある高級ソーセージ」という印象だ。この小説では、大正から昭和にかけて、この街でソーセージやハムを作り広めた職人、カール・レイモン氏の生涯が描かれている。

画像提供:函館カール・レイモン

ドイツの食肉加工マイスターの家に生まれたレイモン氏が、世界各国で修行をした後に函館で旅館の娘さんと結婚したこと。日本でまだハムやソーセージが受け入れられていなかった時代に、東京の一流ホテルに評価されたことで世間にも広まったこと。そして、レイモン氏が北海道で食肉加工に取り組んだ背景には、「日本人の食生活や体格を改善し、酪農・畜産によって食糧の自給体制を確立する」という壮大な構想があったこと。 本を読んでいるうちに、レイモン氏はおいしいハムやソーセージを作っただけでなく、自らの情熱と信念によって道なき道を切り拓き、生涯をかけて日本に食肉加工技術を伝えた人物なのだと知った。おいしいお肉で人を幸せにするために、最後まで職人として生き続けた人だったのだ。 人の歴史を知ると、その軌跡をたどるという楽しみが生まれる。函館にはレイモン氏ゆかりの地がたくさん残っており、しかも彼の味を受け継ぐハムやソーセージを味わえるお店もある。きっとレイモン氏のありし日を追体験できるはずだ。 僕にとってそれは、地元の新たな一面に触れる旅になる気がする。慣れ親しんだ街の未知なる歴史に好奇心を駆り立てられ、レイモン氏が愛した函館の旧市街・元町へ行ってみることにした。

「レイモン氏は、元町の“風景”みたいな人だった」

市電に乗って最初に向かったのは、十字街の停留所から歩いて10分ほどの位置にある『カフェ やまじょう』。『レイモンさん』のあとがきに取材協力者として記載があったお店だ。もしかしたらレイモン氏に関する面白い話が聞けるかもしれない。

1階は和風、2階は洋風という函館旧市街で見られる和洋折衷住宅を改装して作られた『カフェ やまじょう』

趣きのある建物の扉を開けると、マスターの太田誠一さんが出迎えてくれた。店内にはたくさんのレコードや本が並んでいて、落ち着いた雰囲気が漂う。カウンターでコーヒーを飲みながら、太田さんにお店のことを尋ねてみた。
聞けば、このお店は太田さんの生家なのだという。東京で音楽や演劇に明け暮れていた太田さんは、函館へUターンし、2000年に実家を改装して音楽や映画好きな人たちが集まれるカフェを開いたそうだ。 太田さんはカフェを経営しながら、街の景観保護活動やロケコーディネーターの仕事もしている。「この街の景観を守っていけば、新しい映画やドラマが撮れるでしょ。そうすれば人も来てくれるようになって経済が回っていく。だから、街にとっては景観の保護も活用も大事なことなんだよ」というお話がとても印象的だった。

右/画像提供:函館カール・レイモン

レイモン氏の名前を出すと、なんと太田さんが幼い頃からの顔見知りだという。これには驚いた。僕はレイモン氏のことを勝手に歴史上の人物だと思い込んでいたからだ。しかし、よくよく考えてみると、彼が亡くなったのは今から約35年前のこと。実際に会っている人がいても何らおかしくはない。 「レイモンさんは、この店の隣に住んでたんだよ。いつもたくさんの犬を連れて散歩してたね。握手が好きな人でさ、フランクフルトソーセージみたいな太い指でギュッと握ってくるわけ。『レイモンさん、力が強いー!』って言うと嬉しそうにしてたなぁ(笑)。夜には工場の電気がついてて、『まだ仕事してるんだな』と思いながら眺めてたのを覚えてるよ」 太田さんにとってレイモン氏は「元町の風景みたいな人」だったという。だから、亡くなったときは、いつも見ていた風景が失われたようで寂しかったと教えてくれた。本で得た「レイモン氏がこの街で暮らしていた」という情報に、現実の出来事としての実感が伴った。

レイモン氏の哲学を受け継ぐソーセージ

レイモン氏の自宅兼工場があった場所は、現在『レイモンハウス 元町店』というお店と資料館になっている。店内は買い物だけでなく、食事もできるようになっており、ここでしか食べられない限定メニューもある。ちょうどお腹が減っていたので、焼きソーセージのセットを注文した。

『函館カール・レイモン』の定番商品である、あらびきとレモン&パセリのソーセージに、『レイモンハウス 元町店』でしか食べられないチューリンガー(生ソーセージ)がセットになったプレート

店員さんいわく、「ソーセージも出来たてが一番おいしいんですよ!」とのこと。特にチューリンガーは、未加熱のまま管理して食べる直前に初めて火を通すという鮮度抜群のソーセージだそうだ。 早速一口かじってみると、パリッとした食感に続いて、ジューシーな肉汁が溢れてきた。噛み締めるたびにプリプリと弾力のあるお肉の歯ごたえが返ってきて、口の中に旨味が広がっていく。なんておいしいソーセージだろう。今までこの味を知らなかったことを後悔すると同時に、自分が育った街にこんなにもおいしいソーセージがあることを誇らしく思った。

『レイモンハウス 元町店』の2階は歴史展示館になっていて、昔の写真や実際に使われていた仕事道具などを見ることができる

お店の方の話によると、レイモン氏は肉本来の味を引き出す、ドイツの伝統製法に強くこだわっていたという。「決して手を抜かず、真面目に仕事と向き合うこと」が、毎日食べても飽きないソーセージを作る秘訣だそうだ。
その哲学を受け継ぎながら、『函館カール・レイモン』では新たな商品開発も積極的に行っている。このときは、日本ハムの新ブランド『Meatful』のために長万部産の黒豚を使ったソーセージやベーコンを開発中で、ありがたいことにサンプルをいただけた。今夜はこれと一緒にビールを飲もう。晩酌が楽しみだ!

時を超えて息づく信念。「食を通じて幸福に」

続いて訪れたのは、『カトリック元町教会』。レイモン氏は、ここで毎週日曜日のミサに参加していたそうだ。当時のことを知っている人がいないか聞いてみたところ、なんと現在の神父さんもレイモン氏と面識があったという。

上/カトリック元町教会で32代目の司祭を務める祐川郁生さん 下/画像提供:函館カール・レイモン

「レイモンさんの家は、教会のすぐ下でしたからね。私も元町で育ったので、よく見かけました。特に思い出に残っているのは、七夕のことです。函館では、七夕の夜に子どもたちが近所の家を回ってロウソクをもらう行事があるんです。でも、レイモンさんの家ではロウソクの代わりに飴玉がもらえてね。だから、この辺の子どもたちはみんな『レイモンさんのところ行くべ!』って言ってましたよ(笑)」 『ロウソクもらい』と呼ばれるこの風習は、函館の子どもたちがとても楽しみにしている行事のひとつだ。その名の通り、もともとはロウソクをもらって回る行事だったが、僕が子どもの頃には、どこの家でもお菓子をくれた。いつからロウソクがお菓子に変わったのかは分からないが、もしかすると、そのきっかけを作ったのはレイモン氏だったのかもしれない。

1859年にパリ外国宣教会司祭のメルメ・カション師が設けた仮聖堂を起源とする『カトリック元町教会』。 現在の聖堂は1924年に建てられたもので、中央祭壇などはローマ教皇ベネディクト15世より寄贈された

現在でも、教会が開くバザーに『函館カール・レイモン』からソーセージが寄付されるなど、レイモン氏がつないだ交流があるそうだ。レイモン氏は、「全ての人が、食を通じて幸福を享受すべきだ」という言葉を遺している。現代の函館にも、この街を愛したレイモン氏の想いが息づいているように感じた。

言葉にならない幸せな味に酔いしれる

1冊の本を起点に、函館旧市街におけるレイモン氏の軌跡を辿ってきた旅。最後は、『レイモンハウス 元町店』でもらった純粋黒豚のソーセージとベーコンを食べて締めたいと思う。 今回は地元での旅だったが、旅気分を盛り上げるために宿をとった。1932年に建てられた元銀行と、1986年から店舗兼事務所として使われていた建物を改装して作られた『HakoBA 函館 by THE SHARE HOTELS』というホテルだ。きっとレイモン氏も、この建物がある函館の風景を見ていたに違いない。

画像提供:HakoBA 函館 by THE SHARE HOTELS

旧銀行側の建物は、過去に『ホテルニューハコダテ』というホテルとして活用されていた歴史もある。つまり、銀行、ホテルと、時代によって役割を変えてきた建物なのだ。 館内には、銀行時代の重厚な窓や『ホテルニューハコダテ』時代の看板などが残されており、建物が歩んできた歴史を体感できる空間になっている。ゆったりくつろげるブックラウンジに、海が見渡せる屋上テラスもあって、函館に来る友人たちにも好評な宿泊施設だ。 基本的な調理器具が揃っていて、気軽に料理ができるのがこのホテルのいいところだ。『レイモンハウス 元町店』の方に教えてもらった通り、ソーセージはまずボイルして、その後にサッとフライパンで焼く。こうすることでソーセージの中の脂が溶けてジューシーに、表面はカリッとした食感に仕上がるそうだ。ベーコンは厚めにスライスして、シンプルに焼いて食べることにした。
焼き上がったソーセージは見るからにハリがあり、フォークの先からお肉の弾力が伝わってきた。まずは食感を楽しみたくて、そのままかじりつく。小気味よい音を立てて皮が弾ける食感がたまらない。じゅわっと口いっぱいに旨味が広がっていくのを味わいながら、ビールを飲むベストなタイミングを探る。今だとばかりにグラスを傾けると、爽快な香りと刺激が一気に喉を駆け抜けた。
「あぁ……」と言葉にならない幸せな気持ちが溢れる。 続いてベーコンを口に運ぶ。こちらは脂の口溶けがよく、濃厚な味わいなのにしつこさがまったくない。パンに挟んだり卵と一緒に焼いてもおいしそうだなと、楽しい妄想が膨らんだ。 知識が増えると見える世界が広がるように、受け継がれてきた伝統の重みや、作り手の熱意を知ると、食べ物はより一層おいしく感じられる。体験を通じて街や文化に対する理解が深まることが、旅で得られる最高の価値ではないだろうか。そんな充実感を噛み締めながら、心ゆくまでレイモン氏のソーセージとベーコンを堪能した。

足元にある未知の面白さが、地元を「旅先」にしてくれる

おいしいお肉で、人を幸せにする。1世紀近くも前にレイモン氏がこの地で誓った想いは、今、現実のものとなって僕の心を満たしてくれている。 今回の旅を通じて、過去の歴史と今の文化が地続きになっていることが、函館の大きな魅力なんだと思った。足元にある未知の面白さに目を向ければ、地元だって立派な旅先になるんだ。 ※『レイモンハウス 元町店』でのサンプル品のご提供は通常行っておりません。

<関連商品>

純粋黒豚を使用したソーセージと地元大沼のクラフトビールのセット。スモーク薫るあらびきと、さっぱりしたレモン風味のソーセージは、ビールとの相性抜群です。

純粋黒豚を使用したソーセージやベーコンと地元大沼のクラフトビールのセット。ジューシーなソーセージ2種とベーコンをつまみにビールをお楽しみください。

純粋黒豚を使用したソーセージ、ロースハムと青函トンネル熟成ワイン(赤)のセット。ジューシーなソーセージと布巻きのロースハムに香り高いワインの組合せです。

純粋黒豚を使用したソーセージやベーコン、ロオルハムと青函トンネル蔵置所で熟成させたワイン(赤)のセット。それぞれ特徴あるシャルキュトリーの味わいをワインとともにお楽しみください。

純粋黒豚を使用したサラミと青函トンネル蔵置所で熟成させたワイン(赤)のセット。時間をかけて作り上げるサラミとワインの深い味わいをお楽しみください。

<今回訪れたスポット>

レイモンハウス 元町店 住所:函館市元町30-3 TEL:0138-22-4596 https://www.raymon.co.jp/ カフェ やまじょう 住所:函館市元町30-5 TEL:080-3237-3946 https://www.hakobura.jp/db/db-food/2012/07/post-246.html (※函館市公式観光情報サイト「はこぶら」へリンク) カトリック元町教会 住所:函館市元町15-30 TEL:0138-22-6877 http://motomachi.holy.jp/ HakoBA 函館 by THE SHARE HOTELS 住所:函館市末広町23-9 TEL:0138-27-5858 https://www.thesharehotels.com/hakoba/ —————————————————————– 取材・文:阿部光平 撮影:伊藤妹